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# 顛末
2010/03/12 00:26
男が脱獄に成功してから早半月といったところか、我ながら娑婆にだいぶ落ち着いたものだ、と男は紅茶からティー・パックを取り出しながら思っていた。
男は客に注文された紅茶とハムサンドをテーブルまで持っていき、「お待たせしました」と常套句を呟いた。

思えばいつの間にか入獄していた。
濡れ衣でも着せられた方が反抗心が湧くだけまだマシで、のっけから罪名など聞けたものではない。脱獄した今でさえ、投獄された理由はわからない。人類はまだ、理由のわからない監禁に耐えられるほど愚鈍な生物には成り下がっていないはずだ。男にとっては「脱獄」が「正義」だった。
案外、脱獄するのに苦労はしなかった。監獄の、暗称「ホゥム」と呼ばれるボタンと、上の方にあるボタン。この二つを決まったタイミングで押したり離したりすると、簡単に鍵は開いた。
この方法は巷では既に知れ渡り、政府が新しい鍵を作っても作っても、脱獄は簡単にできてしまう。お陰で街は脱獄者だらけだ。脱獄をすることよりも、政府が投獄し続ける理由を知る方がはるかに難しいのだ。
この国の人口の7割は脱獄者だ。
それは彼らの手首を見ればわかる。簡単には消えないであろう手枷の痕が、彼らの両手首にくっきり残されている。
彼らは人並みの自由を得た代償として、その消えない手枷があることで公共のサービスをことごとく断られる。役所はおろか、病院にすら一歩も踏み入れないのだ。
それは言わば、脱獄者たちの暗黙のルールのようなものだった。

まぁ、病気にならなきゃ問題はない。
これはたかをくくっている訳ではなく、男は今までの人生で一度も体調を崩したことはなく、一枚の絆創膏も貼ったことがないのが自慢の一つだった。


「タルトでも作ろう、リンゴを買ってきてくれないかな」
この度が過ぎた「気まぐれ」店主が、男は大好きだった。明日は臨時休業で、臨時休業の理由は「明日は雨の予報だから」らしい。さすがは都心の一等地の喫茶店の主。大胆というよりも気まぐれで適当である。
だがむしろ、人間が一生のうちに、これほどまでに気まぐれで適当な人間に出会える確率というやつもなかなか低いのではないかと、男は思う。
「私は幸運な男だ。彼がいなかったら私はまだそこら辺を、食べ物を何か探しながらブラブラしていたに違いない。」

店主と顔馴染みのフルーツ・パーラーに、男はお遣いに行った。
しかし、まともなリンゴはとても少なかった。最近は、売り物のリンゴを一口ずつ齧る、という猟奇的なイタズラが空前のブームを巻き起こしている。
「最近いっつもこうなんだよねぇ。やってる方はイタズラ感覚で、ちょっとワルな感じでかっこいいと勘違いしてるんだろうけど、やられてる方としては売上が上がらないから、殺人みたいなもんだよ」
フルーツ・パーラーの店主は諦めのような笑みを浮かべる。早くこの変なブームが終わらないか、と切に願うのをひた隠すように、笑みを浮かべる。

男は「気まぐれで」頼まれたリンゴとは別にパイナップルを買ってみた。このパイナップルはこれからどのように変身するのだろう。リンゴと一緒に調理されるのか、はたまた別の甘さを見せるのか。
そんな思いを馳せながら、男は飛んだ。


いや、飛ばされたのだ。派手に、セダンに。

男の目には人だかりと、人だかりの中をゆっくり進む救急車と、自分の血以外には何も見えなかった。
やがて救急隊員が駆けつけ、一番出血の酷い腕を止血するため男の袖をまくった。
しかし腕をまくっただけで、まるで巻き戻しのように救急隊員たちは救急車にもどって行った。
手元にリモコンがあったら早送りして病院に行きたい、と男は思って、直ちに止め、意識を失った。

失った意識を取り戻したのは、喫茶店の住居部分のベッドの上だった。
強烈な痛みと、決定的な記憶の断裂だけが男にははっきりとわかった。だがその内容や経緯に至っては全くわからなかった。
半身を起こして出た断末の叫びで、傍らに寝ていた店主を起こしてしまった。
「おぉ、起きたか」と今起きた店主は言った。
「何があったか、わかるかね」
男は「いえ」とも言えないまま、天井を眺めていた。
「今はいい、だんだんわからないことで自分が溢れてくることだろう。そうなったら訊きなさい。」
店主はそそくさと立ち上がり、部屋を出ようとした。
「すまんな、開店準備をせにゃいかん。あぁ、あとそれは私からのせめてもの…、贈り物だ。」
店主は逃げるように下の店舗部分へ向かう階段を降りた。
男は店主の言った「それ」を、時間をかけて体をずらして見た。幾度となく訪れる激痛の先に見えたのは、二本の松葉杖だった。

監禁されていた時は、ファッションも許されず娯楽も限られたものだった。自由なんか少しもないと思っていた。
ただ、ご飯はあった。二本の足で歩くこともできた。しかし今はどうか。
事故にあってもまともな治療は受けられず、自分で食事を用意することもできない。それによく考えると、脱獄する前と比べるとしてからこっちは腹が減るのが早くなった気がする。
監禁されていた頃はよかった、そう思うことも最近増えてきた。

「あぁ、腹が減った…。」
男は呟く。
何日も替えられていないシーツに、シワが増えていく。








男は、脱獄した直後の自分の写真を新聞に掲載し、松葉杖に支えられながら世に訴えた。

「脱獄は自己責任です!」
















jailbreak

ある、脱獄した男の物語。







上の物語とは全く関係ありませんが、
昨日、原付の運転中にiPhoneを落として
後続車に次々と踏まれていった時は
さすがに目の前が真っ白になりました。

まるで手持ちのポケモンが全員瀕死になった時のように。
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