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# 無題
2012/11/11 19:33
歳をとった。

今年の誕生日はまだだけど、3〜4歳気持ちが老けた気がする。

愚痴を書こうとは思わない。
もう誰も見ていないブログに書くと言う事は、誰にも見られたくないという気持ちもあれば、不特定の人に見られる様なこんな場所に書くと言う事は言及されない事を前提に誰かに知ってほしい気持ちもあるんだと思う。

飲食店の店長になって5ヶ月。
まだそんなものしか経ってない。
前向きに考えれば、あくまで他人事だがこれから面白くなってくる時期なのかと思う。
実際はいつ辞められるんだろうとずっと考えてきた5ヶ月間だった。
「もう死んだ事にしてほしい」と毎朝思い続けた5ヶ月間だった。

変な夢を見た。
僕は一張羅を着て、何かのパーティーが始まるのを扉の前で待っている。
周りは知らない人だらけで、猫も数匹、扉の前で待っている。
猫は飛びかかってくる。
「かわいいなあ」と思うけれど一張羅を着ているので抱きかかえられないから手でキャッチして床に下ろしてやる。
パーティーは始まらず、繰り返し猫は飛びかかってくる。
「うっとおしいな」と思って手でキャッチせずに払いのけると、猫は着地に失敗して頭から落ちてしまう。
「パキッ」と音がしてそれ以上猫は動かない。
頭から血が出始めて、扉が開く、という夢。

この5ヶ月、仕事の夢かこういった取り返しのつかなくなる夢ばかりだ。
もう限界だ、とはずっと思っている。
自分の限界を少しずつ越えている、とは思わない。
レインボーブリッジを、ここには決して書けないスピードで走るのが唯一の憂さ晴らしで、バンコにいる時だけ楽しく仕事をするフリをしている。

週に一度完全な休みがあるわけでもない。タスクは溜まっていく一方で、言わせれば仕事が遅いから、なのだろうが、休みの日も何かしら仕事をしている。
生きてて楽しくなく、休みが楽しみでない。


という仕事を、1月末で辞める。
3ヶ月弱残っている期間は今となると非常に長く感じる。
しかし、終わりがわかっているというのはまだマシだ。

金貯めて海外にでも行ってやろうと思う。
もともとはバリスタとして経験を積みながら金を貯めて、イギリスに留学して、旅行でイタリアに行こうと思っていた身だ。
今はフィジーを狙っている。

書きたい事は書いたかな。
シフトでも作るか。
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# 変な穴(女)
2011/04/02 16:07
MU 変な穴(女)観劇。


昔から個人的に、人間の欲や汚い部分が見える芝居が好きなのですが、「変な穴」というお話はそういった意味でとても好きな芝居でした。

奴隷芝居、ということで好き嫌いが別れる芝居なのかなとも思ったが、かなりポップ。

MUはまだ「無い光(視点 Re:TRANS Vol.1)」と今回の「変な穴(女)」しか知らないのですが、二回見れば、劇場で芝居を観たことが無い人にもお勧めできるお芝居だということがわかる。

言葉にパワーがある、とよく評されるMU。
能ある鷹よろしく、一見優しく投げられたボールのようだが、よく見てみると割と受け取ったダメージを受けている。

さっきまで行く気満々だったのに、いざと言うとひよる。
口で言うのは簡単。

ドレーたちの翻身が見事に爽快。

四人のドレーを囲っている小松は、自分の稼いだ金をどれだけくだらなく消費させるかをドレーたちに競わせている。
「金ってのは人生」「金はどう使うかが問われる」といった小松のセリフも心に刺さる。

金に限らず、「人間とは欲にまみれた存在」というお話に感じた。
何かによって穴がすこし満たされると、余計に穴は大きくなっている。まるで、何も食わないで出勤するより、
朝少し食べてから出勤した方がお昼にお腹が空いてしまうように。

そして、自分では思いも寄らない方法で突然、もう埋めようとしなくなる程満たされて我に帰る。
そんな物語に見えた。



役者陣もみな好演。
「EMOTIONAL LABOR」では人間のゴミ屑のような役を演じた小西耕一さんも、爽やか高校生で観ていて心地よかった。

こういうお芝居ばっかりだったら、世の中はもっともっと楽しい

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# PHOTO IS
2010/01/08 14:05
新年明けましておめでとうございます
今年もみなさん頑張ってください、僕も頑張ります


さて、年末年始の恒例行事となり
「これがないと年を越す(越した)実感が無い」とまで僕に言わせしめた
「鈴木祭」なる行事に、2日未明参加してきました

やはり旧友というのはいいもので
明け透けな話ばかりしてしまいました

MWの話ができるナースがいたり
体育会系のサガを思い知ったり
ある旧友との決定的だった亀裂を修復できたり
徹夜でしょっぱい物食べたり
辛いことで酒に逃げたとしても、酒に逃げまくるのは良くないと心を改めたり

一年の計は鈴木祭にあります

毎回のことですが
心地良い沈黙が共有できました




今回の年末年始の帰省
僕は実家で
いつも通り父の「世界の車名鑑(不確か)」を見たがりました
僕は「ドンカーブート」という車のデザインがとても好きなのです

「書斎にあるんじゃないかな」と父は言ったので
僕は鈴木祭が終わった次の日の夜、ご飯を食べて父の書斎へ向かいました

「世界の車名鑑(不確か)」を探していると、古いアルバムがたくさんありました

正確に言うと
そこにたくさんのアルバムがあるのを僕はかなり前から知っていました
ただなぜ今まで見なかったのかは、僕にはわかりません


なにも考えずに目的の物を探していた僕は
2人の小さな女の子が着物を着ている写真を見つけました
そこに写っていたのは、およそ30年前に撮られた僕の姉たちの七五三の写真でした

僕は2人を
「おっきちゃん」と「のんちゃん」と呼んでいます
おっきちゃんは澄ました顔でこちらを見つめ
のんちゃんは犬のぬいぐるみを抱いて、戸惑った表情をしていました

他にも
家族旅行の写真とか遊園地に行った写真
家の前で撮った写真

僕の記憶には無い2人の姉について
お互いに「仲が悪かった」とか
「私はいじめられていた!」とわめくのんちゃんの話ばかり聞いていた僕は
その写真の、あまりの2人の仲の良さに驚きました

その2人が小・中・高と成長して行く様は
僕にとって全く馴染みのない事実でした
その写真から僕が読み取った、「姉妹がお互いを強く思いやる気持ち」が照れくさくて
「私はいじめられていた!」とのんちゃんは言うのかも知れません


母が6年2組の時の写真も見ました
スカートにサスペンダーが付いたおかっぱでした

母は、女3人男2人の5人兄弟
姉妹で海に行っている写真とかもありました
成人式の写真ではカメラにガンくれていました

今とは顔もスタイルも全く違うので、かなり違和感があり非常に驚いてしまいました

おっきちゃんをあやしている母!
のんちゃんをあやしているおっきちゃんを見守る母!
1987年の3月の箱根旅行、カメラ嫌いを露呈しカメラの前でふざける母!
同年の8月、膨らんだお腹で北海道旅行に行って笑顔の母!

僕のことを「優しい」と思うということは
僕の母を「優しい」と思うことに他なりません
僕の優しさの全ては母から来ています
それはすべて受け継がれているのだろうか


父が生まれた頃の写真もありました
そのアルバムには「伸二の憶い出」と達筆で書いてありました
それはおじいちゃんの字です

僕の父の小さい頃は日本人離れした顔で
目とまゆ毛が本当に近いのでアメリカ人の子供のようにも見えました

海でみんなとはしゃいでいる写真とか
学生服に下駄でポーズを決めてる写真とか
野球部で坊主頭だった頃の写真とか
そりゃたいそうなイケメンでした
「この親あってこの子ありだな」とわかりました

弾けるような笑顔の父は
僕の過去の父の印象を今更ながらガラリと変えました
中学生の父を女の子が3人囲んでいるのを見て
父に負けた、と唇を噛みました

父が社員旅行か何かで行ったハワイで
伊勢海老の長い触覚を自分の鼻の穴に差して「むにゅ〜」という顔をしている写真を見て
僕も誰かの結婚式で新婦に絶対にやってやろうと思いました

おっきちゃんやのんちゃんを抱っこする父の笑みには
僕にはまだ決して模倣することのできない温かみがありました
「こんな表情するんだな」と多少の驚きはあったものの
幼少の父と写る若き日のおじいちゃんも同じ表情をしていました
子を想う父の表情は普遍的、かつ不変的であるべきです


僕は父を尊敬します

とあることで父が以前勤めていた会社の子会社で働く機会があり
その仕事の苛烈さを垣間見ました

その上で彼は
出張や社員旅行に行くたび子供達におみやげを選び
家族サービスの観光旅行ではずっと運転をし
長年吸っていたタバコももう6、7年前から1本も吸っていません


彼はすごい人です
僕はすごい人の子供です
僕はすごい人ではありません
僕はいつの日にか父を超えたいです


あまり記憶の無い母方のおじいちゃんが
僕を抱っこしている笑顔!
小さい頃家族5人で横浜に行った写真!
観覧車で父と母と3人のピースサイン!


僕が生まれる前の写真にも
僕が生まれてからの写真にも
子は親から
逃れようのない大洪水みたいな愛を
その一身に受けているというのが鮮烈に写っている
親の芯の太さに比べたら
僕はなんと頼りないことか
年をとり、いつかその現実味のない将来を目の当たりにして
「僕は親へ愛を返せただろうか」などと
馬鹿も考えないようなことを思ってしまうのだろう
親の愛を全て受け切ることが如何に大変か
僕は知っているつもりだ
「受ける」ということが最大の恩返しなのに



年明け早々家族の自慢をしてすみませんでした
宮川珈琲、本年は創作に勤しむ所存です

広く平らな心の
優しい人間になりたいです


果てしなき
思い出たちよ
今は無し
後に残るは
僕の足跡




たくさん写真現像しなきゃなー

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# Happy Birthday to Who?
2009/12/06 23:52
俺も唄っちゃいましたよ、「ハッピーバースデー」

「おぉー誕生日近い人いるななー」とか思っちゃってましたよ



おたんじょうび


12月6日の稽古のことでした


当日ではないのに、しかもサプライズでお祝いしてくれた劇団神馬に、またとない愛を感じました。

幸せ公演だ!人を愛する劇団だぜ!


愛のある劇団は、芝居にも愛が滲み出ます


愛の溢れるコメディを、ぜひ体感しにきてください!


おたんじょうびくわえる



日曜まで!

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# 呼び出しボタン
2009/04/14 13:25
喜と楽がどこかへ雲隠れしてしまった

昔、もの凄い水圧に耐えられるカプセルに入って
2ヶ月分の食料と酸素と共に、深海でどれだけ生活できるか挑戦した人間がいたそうだ
どれくらいで呼び出しボタンを押してギブアップしたのかは知らないが

食料なんて、食欲がない今では何の役にも立たないし
酸素だって、とても必要ない
呼び出しボタンが、あの時一番必要で今では一番必要ない

別に深海だろうが宇宙だろうが、要は場所ではないんだが

こんなに、一人の人を殺したいと思ったことは今までにない
あんなに、一人の人を好きになったことも、あまりなかった

でも、僕は何回友人の葬式に参列しても死んだ人を見るのが苦手だし
何にしたって、自分の手が痛くなるのは嫌だし
僕にとって一刻も早く死ぬべき人間を殺しただけで刑務所になんか入りたくない

何を見てもつまらない
何を聴いてもつまらない
何を食べても美味しくない
どんなに寝たって寝足りない
観るもの全てが灰色に見える
聴くもの全てが雑音に聞こえる

人間は一人では生きていけないらしいけれど
一人で生きていける人間は本当にいないのだろうか

不条理である
あまりに不条理である
許しがたい不条理である
早く自殺してほしい

目をつぶるとよぎるあの音を忘れることが
果たしてこの世にいる間にできる自信があまりにもない

人を殺めたいという気持ちと
芝居がしたいというモチベーションしか持てない人間なんて
これこそただの社会不適合者ではなかろうか

本当にいなくなるべきなのは、僕の方なのだろうか

僕たちの喜と楽を返してくれ

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