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# 短編もどき (Feb, 28/Mar, 23/Apr, 15,2008)
2008/11/10 18:06
1 強風、時計塔、吸い殻

物であれ人であれ、別れというものはやはり寂しくあるべきものだ。2年近くを過ごした住み慣れた町を離れ、すぐ近くの住み慣れない町に居場所を移さんとする私は、今日という日を部屋の修繕作業に費やそうとしていた。綺麗な形で貸し主に返すことによって返ってくる敷金が多くなる、という理由よりは、恩返しという意味合いの方が私にとっては強かった。
 色がはげてしまったドアのために、ペンキを買いに出かけようとバイクのエンジンをかけた。昨日の昼から何も食べていなかった私は、このバイクを買った店のすぐ隣にある「maison YUKI」というパン屋さんでメロンパンときなこ揚げパンを買った。そういえばこれほど近いのに2年間、1度もこの店の扉には手をかけていなかった。コーヒーサービスは遠慮した。パン屋の善意によって提供されるコーヒーは例外なく美味しい物だということを知っていたが、私の上唇まで伸びた前髪を見たレジの女性が浮かべた訝しげな表情が私にそうさせた。
 買ったパンをどこで食べようかと思案していると、ある思いつきが浮かんだ。新居の近くで公園を探して、そこで食べながら少し散歩をしよう。春のような陽気だからきっと気持ちのいいことだろう。そして私は再びバイクにまたがった。
 私を中心として視界の両脇に流れていく景色を眺めていると、いつもと違うあることに気がついた。空が黄色い、まるで黄砂のようだ。次の瞬間、何かにハンドルを取られ、前方に砂ぼこりが舞った。信じられないほど強い風が吹いているのだ。速度を落とすと、周りの景色がよく見えた。
 それにしても誤算だった。不動産の言う「徒歩25分」というのは25分ではないのだ。実際に歩いたら40分以上はかかるだろう。いや、そのことについてはこれ以上考えないようにしよう。新居からあるいて行ける公園が今の私には必要なのだ。
 それは意外にもすぐ見つかった。予想以上の面積を誇るその公園に、人はいなかった。葉を茶色に変えた湿性植物と、親を睨む中学生の目のように冷たい印象の針葉樹がただただたくさんある。公園というものは、植物が多ければ多いほど良い。
 公園の入口には案内図があり、それを見る限り公園内には「風のモニュメント」が4つと、「時計塔」が1つあるとのことだ。案内図のすぐ近くに「風の足跡」という名前のそれがあった。私はそれぞれの入口にあるモニュメントを眺めるついでに、公園を「探検」することにした。人間が生まれ持って背負ってしまった底知れぬ知的好奇心は、できることなら自らの足で満たすに限る。
 2つ目のモニュメントは「風の呼び声」だった。その近くには子供のための遊具がたくさんあり、屋根とベンチだけの簡単な小屋みたいな物もあった。しかし他に目にとまるものは、強いて言えば捨てられていたお菓子のゴミくらいのものだったので、私は3つ目のそれに歩を進めた。
 突風に背中を押されながら歩いていると、砂場のような地面のグラウンドに出た。そこにはバスケットのゴールが2つあり、地面にはサッカーボールが落ちていた。私は靴の裏で丁寧に砂を撫でつつボールに近付き、思い切り蹴り飛ばしてみた。それはグラウンドのちょうど真ん中に着地し、1度も弾まなかった。物を蹴り飛ばしたのはあまりに久しぶりだったので、太ももがしびれた。引っ越しが完了したらこの公園で運動をしよう。
 貯水池には植物が自生していた。「危険ですので雨の日には近寄らないでください」と書かれた看板や、フェンスの上に張られた有刺鉄線なんか無くても誰も近寄らないだろう。私たちは今、有刺鉄線で張り巡らされた場所の外にいるのだ。
 3つ目のモニュメント「風の歓び」のそばの案内図に従い、4つ目のモニュメントに向かっていた私は階段を上っていた。歩く先に目をやると、階段は右にL字に曲がっていた。そのデジャヴュは私に嫌な予感を突き付け、そのせいで自然に歩みを弛めてしまった。何人たりとも、絞首台に臨む13階段を一段飛ばしにはしないのだ。私は階段の角を左に折れ、獣道に足を踏み入れた。
 嫌な予感は進むにつれて強くなっていった。そしてそれは形になって私の目の前に現れた。履き古され破れたデニムのズボンが2着、もう歩けないといった状態で落ちていた。それはズボンがズボンたる所以を失って落ち込んでいるようにも見えた。私は階段を右に曲がらなかったことを後悔して落ち込んだ。怖い物見たさとは怖い物だ。
 その先には飲み物用の小さいクーラーボックスが行き場を無くしていた。それは私に土曜日の昼下がりを思わせた。きっと先週の土曜日には4人家族がここでピクニックをしたことだろう。小さなお姉ちゃんは「まだダメ」と、弟の食べているお菓子を優しく取り上げる。お母さんはペットボトルのお茶を飲んでいる。
 昔流行したトレーディングカードの空の袋が、次に私を迎えた。事実は小説よりも奇なりとはこのことなのか、唐突に突き付けられた事実に、私の頭は奇妙な空白をもたらされていた。うまくものが考えられない頭に、長袖のシャツがとどめをさした。それも2着だったので、あのデニムのズボンとセットなのだと便宜的に考えてしまった。その直後、この獣道に置ける全ての事象は便宜的に考えるべきでないと判断した。
 ひとまずあのグラウンドへ行って、落ち着いて考えよう。足に力を入れた時、左手に何やら黒い物が見えた。それは安物のヘアアイロンだった。
 ヘアアイロン?
なぜ公園の獣道に、ヘアアイロンのようなものが落ちているのか、電源はどこにも無いのだ。ホームレスの可能性はない、ピクニックの可能性もそれと同じくらいないだろう。獣道の全ての事象を1つの線で結ぶのが理にかなっているとすれば、彼らはここに何を持ってきて何人で何をして、何に満足して帰ったのか。もしくは何かの暗号なのかもしれないが、全ては推測にすぎない。今わかっているのは、彼らのうちの少なくとも2人がズボンとシャツを脱いだことくらいだ。
 グラウンドを見ると、先刻蹴り飛ばしたサッカーボールがグラウンドの向こう岸にいた。辺りには相変わらず人は見当たらなく、誰かが蹴った様子はない。
 風だ。この強風だ。私が気付いたことに合わせるように、その風は勢いを増した。私は階段を降りる足を早めた。グラウンドの隅にあるベンチにカバンを置き、輸入タバコに火を着けた。なんとかして落ち着こうと周りに目をやると、注意書きの黄色い看板は風に弄ばれ、私の思考はヘアアイロンに弄ばれていることがわかった。前髪が視界をむちゃくちゃに泳いでいたので、風に背を向けた。
 地面に目をやると、無数の吸い殻がたくさん落ちていた。なぜ砂場にはこうも多くの吸い殻が死んでいるのだろう、と小さい頃はよく嘆いた物だった。なぜやはり例外が無いのだろうか。嫌気がさして視界を上げてみると、空はどんよりと曇っていた。階段と針葉樹、そして入り口にある私のバイク。振り向いた先には時計塔があった。時計は7:45あたりをさしていた。朝に止まったのか夜なのかはわかり兼ねたが、とにかく今は昼間だった。私の頭の中でトレーディングカードの空き袋が激しく踊るのとは対照的に、私の前髪は落ち着いていた。
 風はやんでいた。こういった場合、警察に電話をするべきなのだろうか。知らない間に事件が起きていて、あれがその証拠になるかもしれない。警察が役立たずだということは、地球温暖化の深刻さよりも広く知られていることだが、私には他に為す術が無いような気がした。私は警察に電話をかけた。

2 バックファイア、導火線、湖

「110番です、どうしました?」
 「公園に不審物があるんです」
 「どういったものですか?」と、彼は少し間を開けてから何故か呆れたように私に訪ねた。
 「ぼろぼろのジーンズとTシャツが2着ずつ、あとヘアアイロン。ジュース用の小さな保冷パックもありました」
 彼は一言ずつ、うん、とあいづちを打ち、私が不審物を並べあげ終えると一言、そうですか、と言った。
 「どこの公園ですか?」
 「町田市のサワタニ公園内の、舗装されていない道です」と、私は少し慌てて公園の名前を思い出した。
 「不法投棄ですね」と業務的な口調で言った彼はいささか面倒そうに、最近増えているんです、と嘆いた。
 「お名前よろしいですか?」
 「大橋恒太です」
 「連絡の取れる電話番号は、今おかけので大丈夫ですか?」
 大丈夫だ、と私は答えた。
 「ご連絡ありがとうございます。至急そちらに担当の者が伺い、処理致します。あと、大橋さんのかけたこの番号、緊急用なんでね、もしまた今度何かあったら、町田市の警察署にお願いしますね」
 すみません、と私は怒られるとは思っていなかったので、とっさに謝ってしまった。
 私は通話を終えたが、警察の人間と話をした後のあの独特の苛立ちはあまり無かった。無力感は相変わらずあったが、彼は警察にしては敬語が使えた方だった。
 冷たい風が服をすり抜け、私の腹部に何らかの影響を及ぼそうとしていた。気候はどこまでも生物の敵だった。時計塔は相変わらず朝ご飯か晩ご飯の時間を示し、腕時計はおやつの時間を示していた。パンを買ったことを思い出して、家の暖房の前で食べることを思い付いた。思ったより長いこと同じ場所に立っていたことに気付き、車のバックファイアを銃声と聞きまちがえた。空気は張り詰めながら震えていた。
 部屋のポストには封筒が一通だけ入っていた。こんな私にも気持ちを送る人がいるのかという希望は、見覚えのある社名がうまい具合に打ち消した。ただの不採用通知だった。こんな私に気持ちを送る人などいるはずもない。住所を教えるということは、間接的な悲哀をも生み出すのだ。
 私が以前所属していたオーケストラ「ムジカ・ファミリア」は大きなものではなかったが、少し名の知れたそれになりつつあった。高校時代の仲間と全国を行脚しようと目論んでいたその音楽隊は、小さなホールでの演奏会を機にオファーが殺到した。希望や未来などに満ちあふれていたが、希望があるから絶望がある、とはよく言ったもので、そのまま全てが円滑に進むことはなかった。
 以前私が客演として誘われ参加した演奏会で、本番当日にその団体が私に不要を言い渡した時に共に物議を醸した「ムジカ・ファミリア」の仲間が、私に対して「ムジカ・ファミリア」内で同じことをしてから、私は強い不信感を覚えていた。他人の痛みを共感できない人間に、他人を感動させる能力はない。
 それからというものの、私はオーケストラの中でも欠員補助のような扱いを受けた。そのことについて彼らが無意識だったということが、私の導火線を更に短くしていった。そしていつしか、運転免許を持っていたというだけで、彼らは私をただの運転手にまで成り下げた。車中、私は終止形容し難い怒りを握り締めていた。
 そしてその年の、妻がスペインに旅立った年のエイプリルフールを最後に、私は彼らと決別した。そのオーケストラの将来性は否定し得ないが、彼らは私を必要としておらず、私は彼らを必要としていなかった。導火線を湿らす要素はいくつもあったが、いかんせんどれも微弱だった。
 しかし、束縛からの解放は必ずしも自由を生まなかった。かえって私はそれによって不自由になってしまったのかもしれない。だけれども全ては済んだことだ、遠い過去に葬り去ることには少なくとも成功したのだ。ベクトルは前方や上方に向かせなければいけない、私は今新しい仕事を探していた。
 不採用通知を処分してからしばらく、もっと他に良い伝え方はなかったものかと考えていた。結局のところ、あの伝え方では不法投棄以外に疑わしいものは無いのだ。しかし今の私には事件性を拭えない。この界隈で何か事件があったかどうか、やはり訊くべきだったのだ。しかし訊いたところで私が何かを解決できるとは少しも思えなかったし、いずれにせよ明日あたりには処理されてしまう。一言に国家権力と言えど、いろんな使い道があるものだ。端的に言ってしまえば、警察にゴミを拾うようあごで指示したようなものだ。
 コーヒーを入れるために湯を沸かしていると、高校生の時に好意を抱いていた人のことを思い出した。私の知る限りでは今も、彼女は最も美しい女性だ。表情の乏しさがその美しさを際立てていた。彼女が好きだった曲を、ハーモニカで練習したりもした。私が彼女に気持ちを告げる前は、彼女は私を「恒太」と呼んでいたが、告げた後は「ハシくん」と呼び方を戻した。今でもあの曲を聴くと、みぞおちに雨が降る。あるいはみぞおちではなく心臓なのかもしれない。
 湯はなかなか沸かなかった。彼女は今どこで何をしているだろう、まだあの鋭く伸びる波打ち際の南方に住んでいるのだろうか。私が今の彼女について知っているのは、いつしかアルコールの湖を泳いでいたという風の噂だけだ。
 風で窓が揺れた。窓に目をやると、景色はやはり黄色かった。コーヒーときなこあげパンを頬張りながらザ・フーの「無法の世界」を聴いていた私は、何か足りないと思ってタバコに火を着けた。嫌なことを思い出してしまった。何かの映画にもあった、「忘れてしまうからこその良さ」は、残念ながら私には通用しなかったようだ。全てを忘れてしまった方が随分楽だろうな、と私は思った。そのためには、何の前触れもなしに強盗に財産の全てを奪われるのも悪くないと感じた。私は俯くのをやめ、何か他のことを考えることにした。あの公園には他に何があった?
 あのモニュメントは誰が、いつ創ったのだろう。「足跡」、「呼び声」、「歓び」。あとでパネルを見せられてどれがどれだと訊かれてもわからないくらい、どれも似たような形で印象が弱かった。確か案内図には4つと書かれていた。また近いうちにあの公園に行って、モニュメントだけ見てこよう。段ボールだらけの部屋で、私はコーヒーを飲み続けた。冷めたコーヒーは私に、夜露はいつから朝露に変わるのだろうと考えさせたが、すぐに人間のデタラメな都合によるものだと気付いた。
 夜露が朝露に変わろうとする頃、私は突然目を醒まして、吐いた。

3 麻婆豆腐、背徳国家、一寸法師

 アイボリーの色をした便器とは実は旧知の仲だったかのように、私はとことん彼と向かい合った。私の胃から飛び出る、週末深夜の千葉駅ホームの床に広がる麻婆豆腐たちは、今や下水の彼方に葬り去られようとしていた。大量の吐瀉物は黒い色をしていたが、そのことは私を驚かせなかった。
 黒い麻婆豆腐を数十分間吐きながら、私は理由も見つけられないまま悦に入っていた。足の痺れと同時に、口の奥に指を突っ込んでいることにも気付いた。いくら吐いても吐き足りない。涙を流しながら私は夢中で指を突っ込みながらの嗚咽を繰り返していた。そんな私を否定する者は誰もいない深夜のアイボリー。私は今までの私を構成する全てを出してしまいたかった。
 絞った雑巾のようになった私は、誰もいないベッドに流れ込んだ。倦怠感と引き換えに掛け替えのない解放感を手にした気になった私は、唐突にあの公園の不審物を思い出した。あの場所にはもはや何も残っていないだろう。ヘアアイロンも、破れたデニムパンツも、彼や彼女の思い出たちも。何もかもが、いい意味でどうでもいい。人間が織り成すすべての事物は、人間という存在は、神の身から出た錆なのだ。神の老廃物たちは老廃物たる原罪をまっとうせんとばかりに、生というしがらみで藁を掴もうと不要な物を脳内でかき混ぜては吐き溜めに落として、それに知識や経験という大層な名前を付けて後生大事に抱えて生きているつもりになっているが表層心理では忘れていることに気付かずに死んでいくのだ。
 私は吐瀉物を水に流した。吐瀉物に救いはない。神は己の奥底から出た老廃物を今一度水に流そうとするだろうか。老廃物には方舟も藁も存在しない、さすればどうあがくか。
 どんな爆水にも揺るがない巨大な壁を造り、その中に国家を造ればいくら神とて我々をご都合主義の名の元には葬れないだろう。そうだ、国家を築く。それに例え100年かかろうと、あらゆる形で罵倒されようと、ベルリンの壁ではなくむしろ原子炉の壁のように強固であって、エントランスは万人に開かれる。そこには数千と言う市民が軒を連ね、誰もが国家元首に歯に衣着せぬ言動を当て付ける。国家元首は共に問題を解決しようとその足で市民の元へ向かい、一人ひとりの不安に向き合う。争い事は罰せずに、ただその当事者を追放する。人々は人々によって押さえ付けられることは決してない、人々を束縛するのは自分たちの中にある生への執着だけだ。そのような国家を、まず頭の中で築く。その背徳国家を眺めては神は我々をあざ笑うことだろう。市民たちは神に背いた勇気を握り締め、卑屈な神の笑顔を睨み付ける。
 しかし、我々は例外なく「煩悩」という名の真の老廃物を流せずに一生を終える。私のベッドには今、私しかいないのだ。
 堂々巡りによる締め付けからの救いを求めて、たまらず目を閉じて誰もいない暗闇へと足を踏み入れた。しかしそこは暗闇という名の迷路で、絶えず暴風の中を進むボートの上のような感覚を強いられた。不確かなその道はぐらぐら揺れながら少しずつ細くなっていく。まるで空洞のある針の中を通っているようだ、一寸法師の構える針。私は一寸法師の髪より細く、鬼の心臓より小さいのだ。そして空洞の針の道はいずれ消滅してしまう。もう進めないだろうというところで、睡魔が私の意識をかすめ取っていった。睡魔はにやりともしなかった。


 ずいぶん久しく会っていなかったが、私はムジカ・ファミリアの連中と簡単に音を合わせた。やはりブランクは隠し得なかったが、私のウッドベースは徐々に馴染んでいった気がした。そして様々な話をした。結婚したメンバーのことや、独立して今や海外に住んでいるメンバーのこと、チームが解散したこと。私は彼らに、あの過去を水に流したい旨を告げた。彼らは快く、若き日の私の身から出た錆を洗い流してくれた。彼らと演奏ができないこともそうだが、彼らを失うということが私の短い生涯においてどれだけの損失を伴うか、今になってやっと理解できたのだ。ムジカ・ファミリアのエントランスは万人に開かれていた。
 エクセルシオールの外へ出ると、強い風が私たちを迎撃し、少し腹部が冷えた。見上げると、空は概ね黄色かったが、遠くは真っ青だった。私は彼らと次に会う約束をしてバイクにまたがり、黄色い空の下から青い空を眺めて、髪を切るついでにペンキを買いにでかけた。あの解放感は今も私の中に残っている、いつになく風の気持ちいい木曜日は、私の味方だった。
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